2012.01.06
フリースクール
みなさんは、「フリースクール=free-school」だと思われていませんか?
実は、フリースクールというコトバは英語にはないのです。これは完全な和製英語です。
日本にフリースクールが登場するようになったのは、1980年代の初頭。東京シューレの奥地圭子さんたちが当時その草分け的な役割を果たしたのですが、そのきっかけを作った1冊の本がありました。
『教育に強制はいらない』、この本は当時北海道新聞のジャーナリストだった大沼安史さんが、70年代のアメリカの西海岸で急速に広まりつつあったオルタナティブスクール alternative schoolの実態を日本に紹介したものでした。alternativeとは「もう一つの」という意味で、当時の管理色が強くなりつつあった公教育の代替的な教育としてベトナム戦争の反省に端を発した平和主義あるいは自由主義の思想を背景とした人たちによって支えられていったのです。
このオルタナティブスクールが、自由かつ生徒中心主義という共通のコンセプトを持っていたことで、これらの学校を「フリースクール」と日本で呼ぶようになっていったわけです。
アメリカのオルタナティブスクールも日本のフリースクールも、その母体は民間です。そしてそのほとんどが小規模なものですから、共通して経営基盤には脆弱性が見られました。だからいくつかの学校はつぶれまた新しい学校が誕生するといったことを繰り返していきました。
またその形態もまちまちです。たとえば日本においても、単なる居場所を提供するもの、農作業等の体験活動をベースにおいたもの、知誠館のように学習活動をその中心に据えたものなど、実に様々な形態が存在するわけです。だから「フリースクールって何?」という問いになかなか答えにくいのです。
フリースクールには、はっきりしたフレーム(枠)がありません。しいて言えば、その語源のもとになった、オルタナティブ=「もう一つの」というフレームがあるだけです。これは、その形態や教育の内容を規定するものではありません。
では、フレームがはっきりしないということは、不登校の子どもたちにとってメリットなのでしょうか、あるいはデメリットなのでしょうか?そこのところを少し考えてみたいと思います。
結論から言うと、これはかなりのメリットだと思っています。フレームがはっきりしないからこそ、その子に合わせてかなり柔軟な対応が取れるわけです。そもそも「不登校」という社会現象は、子ども自身が学校というフレームに適応できなくなることで生じるものです。だから、その問題を子ども自身だけに押し付けてしまうようなとらえ方はいかがなものかと考えるわけです。問題は関係の構造にあるわけです。
学校へ行かなくなった子どもの多くは、自分自身に対する自信を喪失しています。深く傷ついた状態にいるかもしれません。だからこそ最初は、まわりの配慮が必要なわけです。ところが学校はそれがなかなかできません。もちろんその子どもへの特別な配慮はできるでしょう。でもそれはまわりの子どもから見れば、特別扱いなのです。つまり、今の学校というシステムは、単一的なモノローグのシステムとして動いているので、そのシステムに乗らないものはすべて例外として特別扱いになってしまうという定めを追ってしまっているのです。これでは不登校の子どもたちは、しんどいままになってしまうのです。
フリースクールには、もともと多様性が担保されています。言い方を変えれば、複数のフレームがあらかじめ用意されているわけです。知誠館の場合はそれだけではありません。そのフレーム自体に階層構造がセットされていて、メタフレームもこれまた複数あるわけです。だからこそ、どんどんその子どもに合わせたシステムを作り出せるようになっているわけです。
知誠館は、私が一人の不登校の子どもに出会ったことで生まれたフリースクールです。今、大学院で社会学の研究を続ける彼に出会っていなければ、この知誠館は誕生しなかったことでしょう。そして私がそれから10年近くもフリースクールを続けることになったのには、そこに学校教育に代わる面白さを見出したからです。それは一つのフレームの中に子どもたちを押し込めるような教育ではなく、次々とやってくる子どもたちに感応するかのように新しいフレームを次々と作り出していけるような新しい教育だったのです。
2012.01.04
うれしい便り

毎年、卒業生から年賀状が届きます。
そんな中に、昨年の春に卒業したTちゃんのお母さんからの年賀状がありました。
何とこのTちゃん、入学した全日制の高校で学年1番を取ったというのです。
私はそんな便りを読みながら、彼女が初めて知誠館にやってきたころのことを思い出していました。
中学2年で学校に行けなくなり、知誠館に初めてやってきたTちゃんは、お医者さんにもらった薬を手放すことができませんでした。家から外出することもままならない状況で彼女はやってきたのです。
最初のころは、人込みを避けるようになるべく人のいない道を通って駅まで歩いていました。電車が込み合う観光シーズンになると休むこともありました。でも、そんな彼女は勉強を足掛かりにして大きくたくましくなっていきました。
3年になるころには、Tちゃんが休むことはなくなりました。模試でもメキメキと力をつけ、最終的には彼女の目指す高校の偏差値を10以上上回る学力を身につけていきました。そして第一志望の学校に見事合格。休まずに通い、学年で1番の成績を手にいれたのです。
Tちゃんのことをみていてつくづく思うことがあります。
勉強とは、自分自身を振り返ることなんだ。
彼女は、結局は自分自身を振り返ることができました。
自分をいじめた誰かを責めるのではなく、自分自身の弱さを勉強を通して手に入れた自信で克服していったのです。
私が学校へ行かない子どもたちにこだわり続けるのは、いつも彼らを通して人のすごさに触れれるからです。Tちゃん、彼女もまた学校へ行かないという経験を経て、生まれ変わることを経験したのかもしれません。
2011.12.27
アウラの記事
アウラに見学にきてくれた岸和田のTさんから、取材記事をブログにアップしたとのメールをいただきました。なかなか的確な取材記事で大変うれしく思いました。
みなさんもぜひご覧になってください。→ http://blog.livedoor.jp/tagochan_0/
2011.12.23
メリークリスマス!

知誠館の今年最後の授業日は、クリスマスパーティということになりました。
めいめいが今年一年を振り返り、新しい年に思いをはせました。
子どもたちの明るい表情の中に、それぞれの希望の灯を見たような気がします。
メリークリスマス、そしてハッピー・ニューイヤー
2011.12.16
第3回南丹ラウンドテーブル~ 「巣立ちとは何か?」

アウラで3回目のラウンドテーブルが行われました。
参加者は、大学関係者、高校、中学、小学校の現場関係者、保健所、福祉施設関係者、行政関係者、マスコミ関係者、NPO関係者、そして私たち民間施設の関係者。
今回の参加者は、全員で18名。今まで最多の参加となりました。
ラウンドテーブルのルールは、次の2点。
まず参加者は全員、自分の立場を置いて「個人」として参加すること。
みなさん、それぞれの立場の中では自由に発言ができない状況を抱えておられます。だからこそ、このラウンドテーブルでは、その立場を離れ自由に考えをめぐらせてほしいのです。そして自分自身の考えを違う領域の人たちに聞いてもらい、そこから積極的に意見を手に入れていただきたいのです。
次に、参加者のみなさんに自分たちの「あたりまえ」を問いかけること。
ラウンドテーブルの第1回目に私たちは、子どもたちの支援の現場におられる方に、あえて「支援とは何か?」を問いかけました。また第2回目では、子どもたちを見立てる(判断、判定、診断)立場の人たちにあえて「見立てとは何か?」を問うてきたのです。そして今回は、「巣立ちとは何か?」です。この社会のそれぞれの現場の第一線で活躍されておられる参加者に、私はあえて「みなさんの巣立ちとは何ですか?」と問いを立てたのです。
つまりラウンドテーブルでは、異領域の人たちの集まりの中で自身の活動や自分自身の存在そのものを省察的に問い直すことをその目標においているのです。そこには定型的な答えがあるわけではありません。むしろそれぞれの領域で正解といわれていることそのものをいったん疑ってみる。いやもう少し正確な表現を使うと、正解だといわれていることをより遠くから俯瞰することで新たな正解にたどり着こうとする学びの姿勢を得ることなのかもしれません。
午後2時からスタートして5時過ぎまで、休憩なしのノンストップでおこなわれたディスカッショングループ。様々な議論が、枠を超えた子どもたちの支援の実現に結びつくことを願ってやみません。