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      <title>知誠館 : スタッフブログ</title>
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      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2012</copyright>
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         <title>自家製ドライフルーツ</title>
         <description><![CDATA[　ある日、うちの娘がドライアップルを買ってきました。それを食べると、なんとおいしいこと！その自然な甘さに、すっかりはまってしまいました。

　しかし、お値段が高い・・・。いくつも買えるもんじゃないし、食べ始めたら、すぐに無くなってしまいます。

　そこで、自分で作ってみることにしました。

　本当はちゃんとした作り方があるのかもしれませんが、私の作り方は、ただリンゴを薄切りして干すだけで、他には何も手を加えませんでした。

　リンゴを干すための道具は、こんなものを使いました。

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　もともと魚の干物を作るためのもので、知り合いの大工さんの作品です。

　そして、でき上がりはこちら。

<a href="http://tiseikan.com/blog/images/001%20%282%29.html" onclick="window.open('http://tiseikan.com/blog/images/001%20%282%29.html','popup','width=320,height=240,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://tiseikan.com/blog/images/001%20%282%29-thumb.jpg" width="320" height="240" alt="" /></a>


　見栄えも乾燥具合もイマイチですが、けっこういける味です。買ったものには負けますが、どんどん作って、バクバク食べることができます。

　我が家では、この冬から春にかけて、ドライアップルを作っちゃあ食べ、食べちゃあ作りしてました。



 　その後、柿の乾燥したものを食べる機会がありましたが、これがまたいける味でした。今度は柿を乾燥させようと、秋を楽しみにしています。

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         <link>http://tiseikan.com/blog/2012/05/post_594.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">小牧先生</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 17 May 2012 23:54:28 +0900</pubDate>
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         <title>精神医療の文脈と生活者としての文脈</title>
         <description>　知誠館では、現在複数の精神医療の現場にかかわっておられる先生方と連携をとっています。医療のサポートが必要な生徒がいた場合、私たちはいつでもそれぞれの先生方からのサポートを受けられる体制を確保しているのです。

　そんな中で、先生方とこれまでにもいろいろと議論をしてきた経緯があります。それは医療という文脈と当事者である子どもの生活そのものの文脈とのずれの中から生じてきた課題に関することだったように思います。

　たとえば、精神医療の観点から見ていくと、患者である子どもへのストレスは低い方がいいに決まっています。でも子どもは、患者としてだけ生きているわけではありません。高校受験もしたいし、大学にだって行きたい。アルバイトもしたいし、彼女だって欲しいのです。今の自分自身にとどまるのではなく、次のステップへと進んでいきたいわけです。そしてそのためには、一旦ストレスを引き受けなくちゃならない。

　環境の変化はすべてストレスを作り出します。ヒトは一つのシステムであり、それは絶えずその周りにある環境との交流を伴って、より大きなシステムと相互的に機能しあっています。

　そしてあらゆるシステムは、安定を好みます。不安定であればシステムが機能不全に陥るからです。それはヒトだって同じです。変化はいつもストレスなんです。でもヒトは、機械とは違います。命があり、誕生から死までという限定された時間軸が設定されているからです。そこには「成長」という概念があるわけです。

　私たちが生きていくということは、すなわち成長するということであり、この限定された時間軸に沿ってコマを進めることです。つまりそこには、変化を前提とする過程があるわけです。だから私たちは、一方で不安定さを引き受けながら成長し続ける存在なのです。私は、これが生活者としての文脈なんだと思います。

　精神医療のモデルを考えるとき、患者をその生活という文脈の外へとおいてしまうとその人の生活が成り立たなくなってしまい、それが新たなストレスを生んでしまいます。だから、絶えずそこは、その人の生活の文脈に沿った形で考える必要があるわけです。私たちが医療に携わっておられる先生方と連携を取るのは、そこに大きな意味がると考えるからです。

　

　

</description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">北村塾長</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 16 May 2012 19:58:56 +0900</pubDate>
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         <title>「レナードの朝」　Awakenings</title>
         <description><![CDATA[<img alt="51ieTZuz5GL__SL500_AA300_.jpg" src="http://tiseikan.com/blog/images/51ieTZuz5GL__SL500_AA300_.jpg" width="300" height="300" />

<em>1969年、ブロンクス。慢性神経病患者専門のベインブリッジ病院に赴任してきたマルコム・セイヤー（ロビン・ウィリアムズ）は無口で風変わりな男だったが、患者に対する態度は真剣で、彼らが話すことも動くこともできないものの、まだ反射神経だけは残っていることを発見すると、訓練によって患者たちに生気を取り戻すことに成功し、その熱意は治療をあきらめかけていた看護婦のエレノア（ジュリー・カブナー）の心をさえ動かしていった。そんなセイヤーの患者の中でも最も重症なのがレナード・ロウ（ロバート・デ・ニーロ）だった。彼は11歳の時発病し、30年前にこの病院に入院して以来、意識だけはあるものの半昏睡状態で寝たきりの生活なのである。何とか彼を救おうとしたセイヤーはまだ公式に認められていないパーキンソン氏病患者用のＬドーパを使ってレナードの機能回復を試みる。そしてある朝、ついにレナードはめざめを迎えた。ベッドから起き上がり、セイヤーに連れられて30年ぶりに街に出たレナードにとって見るものすべてが驚きだった。その効果に意を強くしたセイヤーは上司に他の患者にも新薬を使うことを申し出て、病院のスタッフの協力によって投薬が始まョった。そしてある夜のこと、セイヤーはベッドから次々と起き上がる患者たちの姿を見るのだった。一方、完全に機能を回復したレナードだったが、彼が病院に見舞いにきたポーラ（ペネロープ・アン・ミラー）に生まれて初めての恋をしたことから問題が起こる。1人だけで外出したいというレナードに医師団は反対し、それに反発したレナードは怒りからか、再び病状の悪化が始まってしまう。しだいに狂暴になるレナードをセイヤーですら押さえ切れなくなる。そして、ついにレナードを始め、目覚めた患者たちは、すべて元の状態に戻ってしまう。自分のしたことは間違いだったのだろうかと悩むセイヤーにエレノアは優しい言葉を投げかけるのだった。 （goo映画からの引用）</em>

「レナードの朝」、原題は「Awakenings」、直訳すると「目覚める人たち」。
私はこの映画の話題を、3年間自分の部屋でひきこもっていた経験を持つサトルとの会話の中で取り上げました。サトルはそんな生活からほとんど奇跡的に脱出し、今では毎日アウラに通う高校生となったのです。

そんなサトルがアウラで学び始めてから1年が過ぎました。今まで欠席は無し、高校の評定平均は5.0。ほぼ完ぺきな状態でここまで進んできました。

でもサトルは、いつまでもここにいれるわけではありません。高校を卒業するまでのあと二年間だけ、アウラにかかわることができるのです。限定的な時間軸の中でこそ、私たちは生徒たちに出会い、そして巣立ちを見届けられるのです。

サトルはようやく長い眠りから目覚め、アウラへとやって来たのです。でもそこから、次の場面へと進んでいくのか、それとも映画の中のレナードのように再び長い眠りへと帰っていくのか、それは、サトル次第でもあるのです。]]></description>
         <link>http://tiseikan.com/blog/2012/05/awakenings.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">北村塾長</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 15 May 2012 17:21:32 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>不登校と家族</title>
         <description>不登校の子どもたちを見ていると、そこに家族の課題がよく現れてくることがあります。
子どもの不登校というのは、多かれ少なかれ家族にとっての危機になります。
そして危機的な状況というものは、日常の構造を鮮やかに写し出すものです。

順調な時には見えなかったことが、危機的な状況になった途端、浮かび上がってくる。
だからこそ私は、その本人もあるいは家族にとっても何か新しいことに気づき、変われるきっかけになると思うのです。

不登校は、絶望ではありません。
不安の源泉でもありません。
きっとそう思えるようになり始めた時、何かが確実に変わり始めるのかもしれません。</description>
         <link>http://tiseikan.com/blog/2012/05/post_592.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">北村塾長</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 11 May 2012 14:06:03 +0900</pubDate>
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         <title>ひきこもりからの脱出</title>
         <description><![CDATA[<img alt="hikikomori.jpg" src="http://tiseikan.com/blog/images/hikikomori.jpg" width="238" height="314" />

「1年目はよかった。2年目になるとすることがなくなって、3年目は地獄だった…」
そう話してくれたのは、3年間をほとんど自分の部屋で過ごしていたというサトシ（仮名）。彼は入学した高校が、自分に合わずそこから不登校になって、その後自分の部屋にこもるようになっていったのです。

「部屋では何をしての？」
「特に…」
「ゲームとか？」
「いいや」
「パソコン」
「持ってなかった。でもその当時はテレビがあったので、それを見てた」
「携帯は？」
「携帯は見てたかな…。でもやることがなくて…」

そう言えば、以前サトルが「ひきこもりも3年やれば飽きる」ってことを誰かに言っていたことを思い出した。彼に言わせれば、4年目になるときっと気が狂うそうです。

そんなサトルは、今大学への入学をめざして毎日知誠館で学んでいます。通信制の高校に属しながらその準備を着々と進めています。欠席はありません。ほんの1年前まで自室から出ようともしなかったサトルの姿は、もうどこにもなくなったのです。

「トランスフォーム」

まさにそれは、蛹から蝶になるような大きな変容なのです。
知誠館には、そんなドラマがたくさんあるのです。
　
]]></description>
         <link>http://tiseikan.com/blog/2012/05/post_591.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">北村塾長</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 10 May 2012 07:54:54 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>今年もやります「ラウンドテーブル」</title>
         <description><![CDATA[<img alt="P1030095.jpg" src="http://tiseikan.com/blog/images/P1030095.jpg" width="320" height="240" />

昨日、京都学園大学に川畑先生を訪ねていきました。
川畑先生には、昨年度アウラが主催した「ラウンドテーブル」で、ファシリテーターをやってもらいました。

「ラウンドテーブル」とは、若者の支援にかかわっておられる教育、福祉、行政の各分野からご参加いただき、自由な議論を交わしていただく場です。

そこには、二つの柱がありました。

その一つは、参加者が肩書を背負ったままではなく、個人として参加すること。つまり、あくまで個人の意見として思いつくままを投げかけてもらうというわけです。
そしてもう一つは、それぞれが「あたりまえだ」と思っていたことを問い直すということです。ちなみに昨年度は、若者支援の最前線で活躍されておられる方々に「支援とは何か？」を問うてみました。そうすることで初めて、支援そのものの意味があぶりだされていくことになるのです。まさに基本となる概念そのものの問い直しが始まるわけです。

そして、今年もまたラウンドテーブルが開催されます。幸い、昨年度私たちがやって来たことに京都府も注目してくれたのです。川畑先生には引き続きファシリテーターをお願いしたところ快諾いただき、ラウンドテーブルの新しいステージが始まったというわけです。]]></description>
         <link>http://tiseikan.com/blog/2012/05/post_590.html</link>
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         <pubDate>Wed, 09 May 2012 11:44:11 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>「定型発達」について</title>
         <description>「定型発達」というコトバがあります。

一般的には、ヒトの発達には、その基準となるモデルがあるということになっています。そしてそのモデルに対して年齢相当の言動や行動がとれなかったとき、それは「発達の遅れ」と判断されてしまい、問題を持った子どもとしてのラベルが貼られてしまいます。

でも、本当に「基準となる発達のモデル」ってあるのでしょうか？
あるとすれば、それはいったいどのようなものなのでしょうか？

私は、まず私たち自身がそのことを問わないといけないと思っています。
それを問うことなしに、発達の遅れを心配することはとてもナンセンスなことだと思うのです。

例えば、「個性的」ということを考えてみましょう。個性的であるということは、定型的ではないということを意味しています。ではこれは、発達上の問題として取り上げられるべきことなのでしょうか？「個性」と「発達上の問題」は果たしてどこで区別されるのでしょうか？そう考えると、ますますわからなくなっていきます。

こんな風に世の中には、当たり前のように基準となるモデルがどこかに設定されていて、それを基準とした物差しが用意されることで作られていく「評価」のシステムがたくさんあります。そして、一旦そのシステムが作られてしまうと、評価の結果ばかりが意識され、そのもとになっている基準のモデルを問い直すことが忘れ去られてしまうのです。

そもそもヒトの発達なんて、個人という単位で定義できるものじゃない。
絶えずそれは、家族であったり、学校であったり、職場であったり、何らかの社会との関係の中で定義されていく。だから、その社会の現状にきわめて大きな影響を受けるわけです。

ところが「定型」という発想には、このようなどんどん変化していく社会という要素がない。つまりその変数は無視されているわけです。だからこそ、定型化できるわけであり、言い換えると現実の個人の発達は、もっと多様であるということなのです。

だから「定型」というものは、単なる一つの目安にすぎないのであって、それを絶対視したり、あまりに神経質になったりする必要なんてないと思うわけです。

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         <link>http://tiseikan.com/blog/2012/05/post_589.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">北村塾長</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 08 May 2012 18:10:21 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>浦島太郎は亀を助けたのか？</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://tiseikan.com/blog/images/ura-1.html" onclick="window.open('http://tiseikan.com/blog/images/ura-1.html','popup','width=320,height=240,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://tiseikan.com/blog/images/ura-1-thumb.jpg" width="320" height="240" alt="" /></a>

　この連休中、京都府北部の伊根町にある、浦島太郎をまつる浦嶋神社に行って来ました。

　世間では、浦島太郎が亀を助けたという話がよく知られていますが、地元の「丹後風土記」では、浦嶋子（うらのしまこ、男です）が亀を釣ったという話になっています。

　万葉集や古事記にも、同じく浦嶋子が亀を釣ったという記述があるそうで、亀を助けた話が出てくるのは、後のことになるようです。

　童話も、原型はおそろしい話だったということをよく聞きますが、日本の昔話も時代を経て変わっているようです。私には、古い話の方が面白く感じられます。]]></description>
         <link>http://tiseikan.com/blog/2012/05/post_588.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">小牧先生</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 07 May 2012 08:54:30 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>家族の再統合</title>
         <description>不登校の子どもたちを通して、家族のあり方そのものを考えさせられることは大変多いと思います。

知誠館で学ぶ子どもが、まるで生まれ変わるように変容していくように、その家族そのものも大きく変わっていくことがしばしばあります。

それを「家族の再統合」と呼ぶのか、「家族の再出発」と呼ぶのか、それは状況によってまちまちですが、不登校の子どもによって一旦家族そのものが揺さぶられ、そして新しい家族のあり方を模索しようとするわけです。

この現代社会において「私たちは出会っているようで、出会えていないという状況が増えている」ということを私はこれまでに書いてきましたが、それと同じ文脈で「家族であっても家族として機能していない家族」が結構増えつつあるのかもしれないと思っています。だから、家族が家族になるための過程（家族の再統合）が必要となってくるのかもしれません。

毎年卒業生の保護者の方々から「うちの子が不登校になって、本当によかったです」というコトバをいただきます。そこには、子どもが不登校になって初めて気づくことができたことへの感謝の思いがあるのかもしれません。


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         <link>http://tiseikan.com/blog/2012/04/post_587.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">北村塾長</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 26 Apr 2012 09:58:46 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>学び、その死と再生</title>
         <description><![CDATA[<img alt="P1040158.jpg" src="http://tiseikan.com/blog/images/P1040158.jpg" width="320" height="240" />

「学びとは、死と再生である」と述べるのは、東京大学大学院教授の佐藤学。
少々昭和の雰囲気が漂うタイトルですが、基本的に私は同意しています。

というのも、知誠館に学ぶ子どもたちの多くは、まさに自分自身がここで生まれ変わるような経験を多かれ少なかれ持っています。これを私は「変容」というキーワードで表現しますが、変容学習理論を構築したアメリカ人のJ.メジローによれば、それはPurspective Transformationというコトバで表現され、その意味は「その人の世界そのものの変化」というような大きな意味としてとらえられています。

つまり学びとは、その人の世界そのものが変わること。たとえ同じ経験をしてもその世界が変わることにより、その見え方自体が変化するということなのです。そういう意味では、佐藤学の学習観もJ.メジローの学習観も同じ方向性の中に位置づいているのかもしれません。

さらに佐藤学は、死と再生の間に「イニシエーション」（通過儀礼）の必要性を主張します。それは自動的かつ連続したものとして起こるわけではなく、その間に何らかの仕切りが必要とされるというわけです。

これも日々子どもたちとかかわっているとよくわかることです。彼らが変容するそのポイントによくドラマ性を帯びた出来事があるからです。その出来事を彼らが経験し、そこに生じるいくらかの困難を克服することで、彼らは自信を得、それを足掛かりとしながら生まれ変わっていくような過程が共通してみられるのです。

学び＝死と再生
学び＝脱学習、そして再構築
学び＝変容過程

どれも、私たちにとってはよくわかる表現でもあるのです。]]></description>
         <link>http://tiseikan.com/blog/2012/04/post_586.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">北村塾長</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 25 Apr 2012 09:33:35 +0900</pubDate>
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         <title>学習評価について</title>
         <description>「評価そのものの意味や価値が時代とともに変わってきている」
そういう話題で、互いに共感したのは京都市内のある小中一貫校の先生でした。
不登校の子どもたちの在籍校と、私たちは必ず連携を図ります。その連携の過程で、私たちは様々な協議を行い、その子の支援をどういった形で補えあえるのかを話し合うのです。

一昔前まで、学校へ行かない不登校の子どもの評価は「1」か「斜線」でした。でも、一方で評価ができないからと言って「1」ということが適当かどうかという議論もあり、定期テストなどの評価材料さえあれば「2」をつける学校もあります。しかし、実際のところ「1」や「2」では、進路保障の材料としてはとても貧弱で、何とか「3」以上の学校評価がほしいところですが、そのためにも学校との協議が必要となってくるのです。

「評価の絶対性そのものが揺らいでいる」
私たちは、そんな話題で盛り上がっていました。

そもそも評価というものは、ある価値観を前提としており、その価値観はどこかに設定された正解モデルを満点とし、そこにどの程度近づいたか、あるいはどれくらい早く再現できたかをスケールで評価したものにすぎません。だからその正解モデルの絶対性が揺らいだとき、その評価そのものも揺らいでしまうというわけです。

私は、評価そのものを否定しようとは思いませんが、その評価を絶対視することには大いに疑問があります。絶えず評価の在り方は、変わり続けるものであり、その評価がどのような正解モデルに基づき、どのような意味を提供しているのかを私たちは問い続けないといけないと思っているのです。

「評価って何だろう？」
そんな問いを、現場の人間は絶えず考えないといけません。
学校関係者によっては、「評価」こそが最後の砦とばかりに（学習評価は、学校長権限）固執される方がおられますが、私はそういった方に限って、評価そのものの価値や意味を固定化しておられ、それを更新することを怠っておられるような気がしてなりません。今の時代、つい10年前までは高い評価を受けていたものが、今となってはその価値すら見いだせなくなっているようなことは珍しくないわけです。そんな時代だからこそ、教育の分野でも、その意味を更新させないといけないように思うのです。

昨日来られた先生とは、30分の面談が、気づけば2時間半ということになってしまいました。こんなに頭の柔軟な、多面的な視野をお持ちの先生がおられることに私は思わず感激してしまいました。

今後の連携が、楽しみになりました。</description>
         <link>http://tiseikan.com/blog/2012/04/post_585.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">北村塾長</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 24 Apr 2012 11:26:47 +0900</pubDate>
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         <title>学生ボランティア</title>
         <description>立命館大学の先生が、知誠館の学生ボランティアに興味があるといってくれた学部生3名と院生2名をつれてアウラへと来られました。

一通り知誠館の説明をさせていただき、みんなでいろんなことをディスカッションしました。なかなかいい時間を共有できたように思います。

彼女たちも、もうすぐ知誠館デビューをしてくれるのかもしれません。</description>
         <link>http://tiseikan.com/blog/2012/04/post_582.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">北村塾長</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 23 Apr 2012 08:25:01 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>悪循環から好循環へ</title>
         <description>ダラダラした生活から抜け出せない
　↓
学校行けない
　↓
家族からいつも何かを言われる
　↓
イライラする
　↓
寝られない
　↓
ダラダラした生活
　↓
いつまでたっても自分に自信が持てない
　↓
何事も投げやりになってしまう
　↓
ダラダラした生活を続ける

不登校になる多くの子どもたちは、多くの場合こんな生活の中の悪循環の構造を抱えています。だから彼らに対する支援は、この悪循環をいかにして絶ち、それを好循環へと変換できるかがカギになるように思います。

この変換には、ポイントが存在します。悪循環が好循環へと変わるそのポイントはsingularityと呼ばれています。これをどう作り出せるのかが、実はとても大事なことになるわけです。

さらにこのsingularityには、他者とのかかわりが大きな意味を持ってきます。
「先生たちやみんなとの関係が、私に勇気をくれました」
と生徒が言うように、自分だけではなかなか越えれない変化のポイントを他者の力を得ることで越えられることはよくあることです。この働きは、L.ヴィゴツキーの「最近接領域」と共通する概念かもしれません。

そして一旦越えられると、あとはこれまでの悪循環との差が、自信となって好循環が加速されていくのです。</description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">北村塾長</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 19 Apr 2012 11:38:40 +0900</pubDate>
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         <title>お礼</title>
         <description>昨年度、連携させていただいた学校とお世話になった教育長にお礼に行きました。

この学校とは、本当に有効な連携をとらせていただき、半年間で見事に生徒を変容させることができたと思っています。

生徒を中心に据えて、学校と家庭とそして私たちとが互いに情報を共有させながら、それぞれができることを実行していく。そういった支援が、不登校の子どもには大変有効なのだと思います。

不登校の子どもの場合、アウラに来た当初は学校や教師に対してネガティブな感情を持っていることは少なくありません。その感情が、学校との有効な連携を通して溶け出していくのです。

「私は、最初自分が学校へ行けないことを、学校のせいにしたり、先生のせいにしたりしていました。でもアウラに来て先生に出会い、友達に出会う中で、勇気をもらってだんだん自分自身と向き合うことができるようになりました。そうして、少し強くなれたんだと思います」

そんな感想を子どもが言えるようになったことを、私はこの学校の校長先生に報告させてもらいました。これも連携の大きな成果であると私は思っています。</description>
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         <pubDate>Wed, 18 Apr 2012 08:35:10 +0900</pubDate>
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         <title>それぞれの春</title>
         <description>新年度が始まって一週間が過ぎました。
知誠館は、去年にもまして落ち着いた雰囲気を醸し出しています。

昨年度末、知誠館を離れ全日制高校へと進学していった生徒がいる一方で、新しく知誠館へとやってきた生徒がいます。
こうして少しずつ、メンバーが入れ替わっていくのです。

大学をめざすもの、専門学校への入学のためにアルバイトをしながら学費を稼ぐもの、まずは自分自身の生活のリズムを取り戻そうとするもの、遅れた勉強を取り戻そうとするもの…

その状況は様々ですが、そこにはそれぞれの春があるのです。</description>
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         <pubDate>Mon, 16 Apr 2012 09:30:41 +0900</pubDate>
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