2010.10.03

島根県

先日、大学生の特権である長い長い夏休みを利用して、島根県へ旅行に行ってきました。「神話の国、出雲へ」と銘打った旅で、素敵な景色に沢山出会ったので、ご紹介したいと思います。

初日はまず、安来市にある足立美術館へ。この足立美術館にある5万坪もの日本庭園は、米国の日本庭園専門誌で6年連続日本一に選ばれたり、フランスの旅行ガイド『ミシュラン・グリーン・ガイド・ジャポン』において三つ星を獲得したりなど、国内外にファンが多いお庭だそう。どこから見ても美しいそのお庭には、心の底から感動させられました。

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その後は立派な天守閣を持つ松江城を訪れて歴史に思いを馳せ、初日を終えました。

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二日目の朝はまず、今回の旅のメインである出雲大社へ。京都にはなかなか無い広さの境内、圧倒的な存在感を放つ大きなしめ縄、平安時代に螺鈿を用い作られた国宝の蒔絵手箱を所蔵する宝物館などから、神話の時代から存在する出雲大社の計り知れない歴史の奥深さ、荘厳さを身をもって感じました。

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その後、日本一の高さを誇る白亜の灯台、出雲日御碕灯台を訪れ自然の雄大さに心を打たれたり

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国譲り神話の舞台である稲佐の浜を訪れ、雲が邪魔して水平線に沈む夕日を見れず悔しい思いをしたり(そうでなくとも十分綺麗でしたが)

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どれを取っても素敵で、奥の深い旅でした。
島根県、すごいです。
京都の神社仏閣、町並みとはまた少し違う歴史ある町の雰囲気が、すごく素敵でした。

こうして知らない土地を訪れ、そこの歴史を感じ、思いを馳せ、考えたことをアウラでの学習に還元してゆけたらな、と思います。

2010.09.13

Memento mori

お久しぶりです。
今夏、日本に住む皆が天気予報の気温情報に一喜一憂させられたであろう猛暑もそろそろ落ち着くかな、と思う今日この頃。
暑さは一向にひかないのに、9月に入ると、夜に聞こえる虫の音が夏の虫の音から秋の虫の音に変わってゆき、驚いたのを覚えています。人間には分からない、虫たちだけが感知しうる秋の訪れの徴、みたいなものがあるのでしょうか。不思議です。

9月といえば体育祭のシーズンですが、この暑さのせいで、体育祭開催日が遅らされた学校もあったのだそうです。
私の自宅の真裏が実は中学校のグラウンドなのですが、夏休み明けから、体育祭に向けて各競技や応援の練習が始まり、生徒の皆さんが炎天下の中頑張っておられるのを見ていると、自分の中学時代のことを思い出しました。
私が中学生だった頃は、とてつもなく暑い日に、大声を出して応援の練習をしたりムカデ競争の練習をしたりするのに、根性無しの私は嫌気が差すこともありましたが、今実際にそういった行事に取り組んでいるアウラや母校の生徒たちを見ていると、いいなぁと思うことがあります。大学生になると、そういう学生全体が団結して行なう行事のようなものに縁遠くなってしまうので、今そのイベントの真っ只中にいる生徒の皆には、思う存分楽しんでほしいと思います。

そして先日、そんなイベントを共に過ごした中学時代の友人や先生方と集まる機会がありました。
ですがその集まりは同窓会というわけではなく、昨年病気によって亡くなられた、私達の中学時代の同級生の男の子のためにできることをしたい、と思い皆が集ったものでした。
私と同い年の同級生の方が一人もう亡くなられているという事実は、重いです。彼が亡くなったときには、私もいつかは本当に死ぬんだと思いました。

そのときに、いつか本で読んで知った、“Memento mori”というラテン語の警句を思い出しました。
日本語に訳すと、「死を想え」というような意味だそうです。
中世ヨーロッパの知識人たちの中には、この言葉を刻んだ石を文鎮として使い、絶えず見ることを心がけ、そのことを忘れないように思想家たちがいたようです。
自らがいつか死ぬことを忘れないように意識することで生を考える。逆説的な考えでもありますが、素敵な言葉だと私は思います。

大分話が飛躍してしまいました…
私のような若輩者が言うのもなんですが、要するに、アウラに来ている生徒の皆には、今を大切に生きてほしいということです。
今学校行事に取り組んでいる時間とか、今学校やアウラで勉強している時間とか、今家族や友人とおしゃべりしている時間とか、そういった時間を慈しんで、今を大切にしてほしいです。
「未来の自分のため」だけの勉強ではなく、「今の自分のため」にも勉強してほしい。
…書いていて少々恥ずかしくなってきましたが、私自身もそうできるように頑張ります。

少しずつ、涼しい秋の気候に近づいてきているので、勉強もしやすくなってくるんじゃないかな?と思います。
「今の自分のため」の勉強、是非とも楽しんでもらいたいです。

2010.06.20

学び

早いもので、もう六月になりました。
雨が降ったり降らなかったり…
お天気に一喜一憂させられる毎日です。

そんな中、先日、我が家で八年間飼っていた愛犬が、亡くなりました。心臓が悪かったらしく、何度か発作を起こすなど、亡くなる前の三日間は夜もなかなか眠れないくらい本当に苦しそうにしていたのですが、息を引き取るその瞬間は、あまり苦しまず、眠るようにして死んでいったので、それだけでもよかったかな、と思っています。

こういった生き物の死、を目の当たりにして、生きていたものが死んでいくって、すごいことだな、これもまた「学び」の一つだな、と思いました。

そこで、いつかある本で読んだような気がした、「人間が「死」を目の当たりにし、それを日常的なものだと捉えることが、年々少なくなってきている」という文章を思い出しました。

私が幸運なことに死に目にあうことのできた二人の祖父は、病院のベッドの上で、いろいろな管につながれ、様々な機器に囲まれ亡くなっていきましたが、現代社会に生きる多くの人が、そういった臨終を迎えるのではないかと思います。古今を問わず、親しい人の死はとてつもなく悲しいものですし、少しでも長く生きて欲しいと思う気持ちはあって当然だと思いますが、確かに、そのような状況で迎える「死」は、私自身の日常の延長線上にあるものだとは考え難いような気がします。あくまでも、非日常的な、言葉は悪いかもしれませんが、大きなイベントのような印象を受けるかもしれません。

そういった中で、愛犬が、病院でなく我が家で死を迎えたことに、私は衝撃を受けました。昨日までこの家で生きていたものが、今はもうこの家で死んでいる、という自明の事実に、「死」を改めて身近に感じ、衝撃を受けたのだと思います。生きとし生けるものはいつか死んでいく、そんな当たり前の事実と、その「死」は私達が生きる日常の延長線上にあるものなのだという意識を、私は愛犬の死から教えてもらいました。本当に人生は、学びに満ちているのだなぁと思いました。

日常に溢れる、小さかったり大きかったりする出来事に何を見出すかは人それぞれですが、そんなものの中から「学び」を得ていけると素敵だな、そう思いました。

中学生の皆はもうすぐ定期テストです。
定期テストというイベントや、それにむけて準備することから、皆が何かを学んでいってくれると嬉しいなと思います。

2010.05.16

神戸・明石・須磨・淡路島

ご無沙汰しておりました、田中です。

先日私は、大学の学科で、一泊二日の合宿研修旅行に行って参りました。
ちょうど今から一年前にこのアウラのブログで、奈良・桜井への合宿研修旅行の様子をご紹介したのが昨日のことのようです。
タイトルにもあるように、今年は兵庫県への旅でした。
今回は、尾上神社、須磨寺、関帝廟などを見て回りました。

一日目に訪れた尾上神社の境内には、謡曲『高砂』に謡われた「尾上の松」があります。
その初代尾上の松から数えて、現在は五代目尾上の松なんだそう。
それまでの尾上の松は、松食虫のために枯死したり、戦の際、薪にするために切り倒されて死んでしまったりしたのだとか。
現在の五代目尾上の松は、樹齢約100年。
このまま美しく生きていって欲しいものです。

二日目に訪れた須磨寺は、源平合戦にゆかりのあるお寺。
16~17歳で源氏方の熊谷次郎直実に涙ながら首を斬られて亡くなってしまった平敦盛の首塚があるお寺です。
敦盛は、「青葉の笛」という歌でも有名ですよね。
(ちなみに、青葉の笛は、笛の名手であった敦盛の死の際、腰に残っていた笛のことです。今も須磨寺に残っています。)
アウラに通っている皆と同年代の少年が戦によって命を落としていた時代に、心を馳せてみるのもよいかもしれません。
(平敦盛の最期を描いた作品としては、『平家物語』や『源平盛衰記』などがあります。)

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(敦盛の首塚です)


その次に訪れた関帝廟とは、明治以来華僑に信仰されてきた神戸唯一の中国寺院です。
そのご本尊は、中国三国時代の蜀の武将で知られる関羽。
三国志の登場人物として記憶している方も多いのでは。

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すごくきらびやかな建物で、日本の寺院とはまた違った魅力を感じることが出来ます。


私が今回の合宿研修旅行で訪れた場所を書き連ねましたが、このほかにも兵庫県には、文学とも関係がある様々な歴史的寺院などが存在しています。
(今回あまり触れなかった明石も、源氏物語で光源氏が下った場所として、そして光源氏が愛した女性の一人である明石の君の名でも有名ですし、淡路島も、百人一首に収められている権中納言定家(藤原定家)の歌「こぬ人をまつほの浦の夕なぎにやくやもしほの身もこがれつゝ」で知られています。)

このように、感受性が豊かな若い時代に歴史的な寺院や建物、遺跡を訪れて、先人達の人生や歴史に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

2010.02.12

あけましておめでとうございます(遅)

大変ご無沙汰しております。
以前最後に書いたブログが、12月10日のものだったので、約2ヶ月ぶりの更新です。
私は、やっと大学のテストが終わり、今は5~6本あるレポートの執筆に悪戦苦闘しています。

アウラの塾生たち、特に中学3年生の受験生の皆は、迫り来る入試本番に落ち着かない日々を過ごしているのではないでしょうか。
(もう無事終わった生徒に関しては、お疲れ様でした!)

昨年度は大学受験という大イベントに若干息切れしていた私も、今年度はゆったりした冬を過ごすことが出来ました。
そこで我が家では、今年は受験もないし、そして私は今年で二十歳だし、ということで、約10年ぶりにお雛様を飾ることになりました。
10年ぶり…
本当に不精な家族だなぁとは思いますが、7段もある雛壇の骨組みと、人形や毛氈その他諸々を天井収納庫から引っ張り出してくるのは本当に難儀なのです。(言い訳です。)

その完成形がこちら。

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やっぱり飾ってみると素敵です。
今は亡き私の祖父が初孫である私に買ってくれたもの。
これからも大切にしたいと思います。

ここで、江戸時代における3月3日の過ごし方、あるいはそれがどう考えられていたかを、貝原益軒の『日本歳時記』で見てみたいと思います。
(私の現在のレポート地獄が功を奏し、たまたま歳時記が手元にありました…)

「今日めのわらはのたはぶれ事に、ひゐなあそひとて、ちいさき人形をもてあそぶ事あり。ひゐなあそびの事は、源氏物語などにも見え侍れは、いにしへより有し事なり。又源氏に十にあまりぬる人はひゐなあそびはいみはへるものをとあれば、十よりうちにてする事ならし。」
(『日本歳時記』 八坂書房 1972年)

…「十にあまりぬる人はひゐなあそびはいみはへるものをとあれば、十よりうちにてする事ならし。」
江戸時代の常識では、お雛遊びは十歳以下の子がするものだったんですね!

以上、19歳でまだお雛様を飾ってうきうきしている田中からでした。

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