2012.01.27
学ぶことは、変わること

不登校の子どもたちの中には、結構過酷な人生を背負っている者が少なくありません。
友達関係の縺れ、両親の問題、祖父母と両親との問題、家族の障がいの問題、自分自身の身体あるいは心の問題…。
昨日も書きましたが、たった10年余りの人生の中に彼らは、いくつもの傷を背負ってきたのかもしれません。
それはたとえ状況がどうであろうが、彼らの主観にとってはすべてが事実であり、すべてが取り戻すことのできない過去なのです。そしてその過去が、何度も機会あるごとに彼らの記憶の中からよみがえってくるのです。これをフラッシュバックといいます。
だから私たちは、一旦それらをしっかり受け止めないといけないと思っています。彼らの苦しみをどこかで共有しなければ、そこに相互転移が生じないからです。教育というのは、相互転移を基盤として成り立つ関係だと思っています。
でも私は、あえて彼らの課題を指摘します。彼らがどんな状況にあろうが、自らが変わっていかないと問題は解決しないと信じているからです。他人のせいにしている間は、問題が先送りされているだけで何も変わらないからです。
「学んでいることの唯一の証は、自分自身が変わること」だと私は信じています。
J.メジローという教育学者は、教育の究極の目標は自分自身の視野そのものが変わることだと述べていますが、私もそう思います。自分の視野が変わると、世界が変わるからです。
今日ある女の子が、自分自身の過去について語ってくれました。
最初は私が聞き、そのあとで高校生の女の子も一緒に聞いてくれました。
すべてはそこから始まるのです。
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