2009.09.18
〇〇の秋
お久しぶりです。
前回のブログ更新から、約一ヶ月も経ってしまいました。大分過ごしやすい気候になり、風も秋のにおいになってきた今日この頃。芸術の秋、スポーツの秋、読書の秋、そして食欲の秋…その気候の快適さから、何をするにも最適な季節として名高い秋ですが、みなさんはいかがお過ごしでしょうか。私は、大学の夏休みが長いのをいいことに、「読書の秋」を過ごしています。そこで、読書にまつわることわざや格言なんかを紹介したいと思います。
まずはこの言葉。
「士人三日不読書、
則面目可憎、
語言無味。
三日書を読まざれば
面貌憎むべし
語言味なし。」
「三日本を読まないと面貌が卑しくなり、言うことに深みがなくなる。」といった意味で、中国は北宋の詩人、書家として活躍した、黄庭堅の言葉です。少し衝撃的な言葉ですよね。私だって、三日ほど本を読まない時なんてざらにあります。黄庭堅の生きた時代(11世紀半ばから、12世紀初めにかけて)と現代とを比べたら、現代においては本を介さなくてもたくさんの情報を入手できるため、本の立場や重要性といったものは変わってきているのでしょうが、本でしか知り得ない、本でしか感じ得ないものは、普遍的に存在すると思います。
また、こんな言葉も。
「優れた書物を読むことは、
過去の優れた人たちと
会話を交わすようなものである。」
これは、「我思う、ゆえに我あり」という言葉が有名な、フランスの哲学者、デカルトの言った言葉です。本には、それを記した作者の思いや考えなどが、ぎゅっとつまっているのだと思います。そんな「本」というものを、それが書かれた何百年も後に生きる私たちが読むことができるなんて、とても幸せなことではないでしょうか。
私は、「本さえあれば一人でも生きていける」という言葉を信じています。もちろん、なにも自ら好んで一人ぽっちになりたいわけではありません。ですが、もしも自分が一人きりになった時、本さえあれば、そしてそれを読むことができれば、きっと生きていけるのではないかと思うのです。
千年前には、54帖からなり、世界最古の長編小説との説もある『源氏物語』が誕生していた国、日本。その文学の豊かさは、他の各国に比類を見ないほどだと思っています。日本の先人たちが書き残してきたその貴重な文章を読み、それに思いを馳せてみるのはいかがでしょうか。もうすぐ始まるシルバーウィークとやらを過ごすのに、最適ですよ!私自身も、今読んでいる漱石の『行人』を読了した後なにを読もうか、考えをめぐらせる日々です。
芸術に、スポーツに、読書に、そしておまけに勉強に、何に打ち込むのもよし。この秋夢中になれる何かに、アウラのみんなが出会ってくれるのを楽しみにしています。
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