2009.09.03

ディスカッション

 あらかじめ決められた課題に対して、自分の意見を発表し、他人の意見を傾聴して、その意見に対して、自身の意見を述べ、より精度な考え・意見を導きだすことがディスカッションである。私自身も先日教員採用試験の面接試験で、「現代の子供たちにどのような力が必要だと考えますか」という課題に対してディスカッションした経験を思い出しながら、本日の『兎の眼』のディスカッションに参加していた。

 今回の『兎の眼』のディスカッションでは、4人とも熱血先生と生徒の関係について感想を述べていた。そして実際に自身の担任が熱血な先生だとしたらどうか、という質問をしてみるとほとんどの生徒が嫌だという意見が出た。その理由として、一方的に教科指導だけをされそうだから、また自分に目を向けてくれることは嬉しいけれど、それ以上の関係を築かれるのは嫌だという意見であった。また、話題を変えて先生ではなくて、一生懸命(熱血)な親はどうか、という質問があがると、一生懸命にされるのはあんまり良くないという意見が出た。理由としては、やりたくないことまでも一生懸命にやらされるからだという。では、逆に好きなことだけをやらせてくれる親はどうか、と質問されるとそれもダメだと答える。その理由として、嫌な事をやらなければ、皆が好き勝手すれば、この社会が崩壊するからだと答えた。

 このように生徒たちの意見を聞いていると、矛盾する意見も出現してくるが、ただ単に熱血先生がダメだという表面的なネガティブな意見の中には、さらに深いその生徒たちの思想や考え方があるからこそ、上記のような意見が出てくるのだと、改めて考えさせられました。また、今回のディスカッションを通して、塾長からいかに生徒たちの表面的な意見のさらに奥にコミットし、運営者がどのようなデザインの基、発問をするかを考えるよう言われ、ここに教師としての力量が試されていることを痛切に考えさせられました。

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